本稿では、位相空間 $X$ 上のAbel群の層 $F$ と、その分解として与えられた完全列から、層のコホモロジーを大域切断の複体のコホモロジーとして計算するための条件とその厳密な証明を網羅的に解説する。直観的に言えば、層のコホモロジーは「局所的には解けるが、大域的には解けない障害」を測るものである。層の完全列は大域切断をとる関手 $\Gamma(X,-)$ を適用すると一般に右完全性を失うが、構成に用いる層が大域的な障害を持たないような性質を備えていれば、その複体からコホモロジーを計算することができる。
議論をself-containedにするために、層やコホモロジーに関する基本的な概念を定義する。
位相空間 $X$ 上のAbel群の層 $F$ に対して、完全列
$$ 0 \to F \to C^0 \xrightarrow{d^0} C^1 \xrightarrow{d^1} \cdots $$が与えられているとする(ここで $C^{-1}$ は零層 $\varnothing$ ではなく自明な群からなる零層とする)。このとき、複体 $C^\bullet(X)$ のコホモロジーが $H^k(X,F)$ に同型となるための $C^k$ に関するシンプルな十分条件として、以下のものが挙げられる。これらは下に行くほど条件が弱く(満たしやすく)なるが、いずれも目的を達成するための十分条件である。
以上の条件において、単射的 $\Rightarrow$ 脆弱 $\Rightarrow$ 非輪状 という包含関係が常に成り立つ。また、パラコンパクト (paracompact) Hausdorff空間上では 細 $\Rightarrow$ 軟弱 $\Rightarrow$ 非輪状 も成り立つ。したがって、最も直接的で一般的な十分条件は「各 $C^k$ が非輪状 (acyclic) であること」である。
上記の十分条件のうち、最も一般的である非輪状層による分解(非輪状分解)の場合について、大域切断の複体からコホモロジーが計算できることを完全に証明する。
各 $k \ge 0$ に対して、微分 $d^k \colon C^k \to C^{k+1}$ の核として層 $Z^k = \ker(d^k) \subset C^k$ を定義する。さらに便宜上 $Z^0 = F$ とする。
与えられた層の列が完全であることより、任意の $k \ge 1$ に対して $\mathrm{im}(d^{k-1}) = \ker(d^k) = Z^k$ が成り立つ。したがって、各 $k \ge 0$ に対して次の層の短完全列が得られる。
$$ 0 \to Z^k \to C^k \to Z^{k+1} \to 0 $$この層の短完全列に対して、大域切断関手 $\Gamma(X,-)$ の右導来関手である層のコホモロジーの長完全列を適用すると、以下の完全列を得る。
$$ 0 \to H^0(X,Z^k) \to H^0(X,C^k) \to H^0(X,Z^{k+1}) \to H^1(X,Z^k) \to H^1(X,C^k) \to \cdots $$ $$ \cdots \to H^q(X,C^k) \to H^q(X,Z^{k+1}) \to H^{q+1}(X,Z^k) \to H^{q+1}(X,C^k) \to \cdots $$仮定より $C^k$ は非輪状であるため、すべての $q \ge 1$ に対して $H^q(X,C^k) = 0$ である。
したがって、長完全列における $q \ge 1$ の部分から、隣接する項が $0$ に挟まれるため、次の同型が得られる。
$$ H^q(X,Z^{k+1}) \cong H^{q+1}(X,Z^k) \quad (q \ge 1) $$また、 $q = 0$ の部分(すなわち長完全列の最初の5項)を考えると、 $H^1(X,C^k) = 0$ であるため、次の列が完全となる。
$$ 0 \to H^0(X,Z^k) \to H^0(X,C^k) \to H^0(X,Z^{k+1}) \to H^1(X,Z^k) \to 0 $$この完全列から、準同型定理によって以下の同型が導かれる。
$$ H^1(X,Z^k) \cong H^0(X,Z^{k+1}) / \mathrm{im}(H^0(X,C^k) \to H^0(X,Z^{k+1})) $$ここで、大域切断関手の定義から $H^0(X,S) = \Gamma(X,S) = S(X)$ であることに注意する。すると、 $H^0(X,Z^{k+1}) = Z^{k+1}(X)$ であり、これは層の包含関係 $Z^{k+1} = \ker(d^{k+1}) \subset C^{k+1}$ より、
$$ Z^{k+1}(X) = \ker(C^{k+1}(X) \xrightarrow{d^{k+1}} C^{k+2}(X)) $$に等しい。また、層の準同型 $C^k \to Z^{k+1}$ は $d^k \colon C^k \to C^{k+1}$ の終域をその像に制限したものであるから、大域切断の誘導写像における像について次が成り立つ。
$$ \mathrm{im}(H^0(X,C^k) \to H^0(X,Z^{k+1})) = \mathrm{im}(C^k(X) \xrightarrow{d^k} C^{k+1}(X)) $$したがって、上記の関係式は次のように書き換えられる。
$$ H^1(X,Z^k) \cong \ker(C^{k+1}(X) \to C^{k+2}(X)) / \mathrm{im}(C^k(X) \to C^{k+1}(X)) $$これを次元シフト (dimension shifting) という手法を用いて $H^k(X,F)$ と結びつける。 $k \ge 1$ のとき、同型 $H^q(X,Z^{m+1}) \cong H^{q+1}(X,Z^m)$ を繰り返し用いることで次を得る。
$$ H^k(X,F) = H^k(X,Z^0) \cong H^{k-1}(X,Z^1) \cong H^{k-2}(X,Z^2) \cong \cdots \cong H^1(X,Z^{k-1}) $$先ほど得た $H^1$ の式において添字 $k$ を $k-1$ に置き換えると、
$$ H^1(X,Z^{k-1}) \cong \ker(C^k(X) \to C^{k+1}(X)) / \mathrm{im}(C^{k-1}(X) \to C^k(X)) $$となるため、上の連鎖から $k \ge 1$ における目的の同型が示された。
最後に $k = 0$ のときを検証する。 $H^0(X,F) = F(X)$ であり、与えられた列 $0 \to F \to C^0 \to C^1$ に左完全関手である大域切断関手 $\Gamma(X,-)$ を適用すると、
$$ 0 \to F(X) \to C^0(X) \to C^1(X) $$が完全となる。これにより、
$$ H^0(X,F) \cong \ker(C^0(X) \to C^1(X)) $$が得られる。仮定より $C^{-1}$ が零層であることから、 $\mathrm{im}(C^{-1}(X) \to C^0(X)) = 0$ なので、
$$ H^0(X,F) \cong \ker(C^0(X) \to C^1(X)) / \mathrm{im}(C^{-1}(X) \to C^0(X)) $$と書くことができ、 $k=0$ の場合も同型式は正当である。以上により、すべての $k \ge 0$ に対して定理が完全に証明された。$\square$
非輪状分解を用いる典型的な例として、多様体上の de Rham の定理が挙げられる。この例は、抽象的な層のコホモロジーが幾何学的な不変量とどのように結びつくかを明確に示す。
$X$ を滑らかな多様体 (smooth manifold) とし、 $\mathbb{R}$ を実数を値にとる局所定数関数からなる定数層とする。 $\Omega^k$ を $k$ 次微分形式の層とし、外微分 $d \colon \Omega^k \to \Omega^{k+1}$ を考える。
Poincaré の補題によれば、任意の点の十分小さな近傍(例えば可縮な近傍)上において、閉微分形式は常に完全微分形式となる。これは層の言葉で言えば、次の de Rham 複体
$$ 0 \to \mathbb{R} \to \Omega^0 \xrightarrow{d} \Omega^1 \xrightarrow{d} \cdots $$が茎のレベルで完全であることを意味する。すなわち、これは定数層 $\mathbb{R}$ の層の完全列を与えている。
滑らかな多様体 $X$ は局所コンパクト (locally compact) かつパラコンパクト (paracompact) Hausdorff空間である。また、微分形式の層 $\Omega^k$ は、滑らかな関数による単位の分割 (partition of unity) を備えているため、細層 (fine sheaf) である。定理 3.1の直前の議論により、パラコンパクトHausdorff空間上の細層は非輪状 (acyclic) であることが知られている。
したがって、 $\Omega^k$ は非輪状分解を与えているため、定理 3.1を適用すると、定数層 $\mathbb{R}$ の層コホモロジーは次のように計算される。
$$ H^k(X,\mathbb{R}) \cong \ker(\Omega^k(X) \to \Omega^{k+1}(X)) / \mathrm{im}(\Omega^{k-1}(X) \to \Omega^k(X)) $$この式の右辺において、 $\Omega^k(X)$ は大域的な $k$ 次微分形式のなす空間であり、分子は閉形式 (closed forms) の空間、分母は完全形式 (exact forms) の空間を表している。すなわち、右辺はまさに大域的な微分形式から定義される de Rham コホモロジー $H_{dR}^k(X)$ そのものである。
このことから、定数層の層コホモロジーと de Rham コホモロジーが同型になること、すなわち
$$ H^k(X,\mathbb{R}) \cong H_{dR}^k(X) $$が証明される。これが有名な de Rham の定理である。
本稿の議論および関連する概念の詳細については、以下の文献が参考になる。